26 Nov 11
ma2vvv:

落合前監督への思いを綴ったドアラ (スポーツ報知から)

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落合前監督への思いを綴ったドアラ (スポーツ報知から)

(via tomsk777)


13 May 11
boltinthenight:

ihaveafuckingblog:

I have a fucking photo taken at the decisive moment.

man jumping puddle
bresson

アンリカルティエブレッソン!

boltinthenight:

ihaveafuckingblog:

I have a fucking photo taken at the decisive moment.

man jumping puddle

bresson

アンリカルティエブレッソン!

(via kidai)


03 May 11

(via sortiee)


20 Jan 11
中華人民共和国の軍隊がチベットに入ってきた時、チベット政府は「インドに頼ればいい」
「国連に訴えればいい」「ネパールとの間に助け合う条約があるから」「モンゴルとの間にお互いに
助け合う条約があるから」と言っていただけだった。しかも、東チベットに中国軍が入り、軍人たちに
よってチベットの女性が乱暴されても、中央は信じない。「それはチベット人が挑発的であるからいけない。
東の人たちは好戦的な人たちで、男の人たちは勉強せずにけんかばかりしている」と、逆にそんなことまで
言っていた。
やがて、「中華人民共和国によるチベット侵略をやめて即時撤退するように」と国連で三回決議が出され、
国際司法裁判所でも「中国による組織的、計画的大虐殺が行われた」とする判決も下された。
しかし何の意味も無い。
 国際政治は既成事実で動く。世論の支持を得て多少自己満足したり、戦う人たちの正当性を持たせる
上では、国連決議や国際司法裁判所の判決は意味があるかもしれないが、現実には、チベットにとって
何の助けにもならなかった。
 結果的に、私たちチベット人は百二十万人の犠牲者を出し、七千以上の寺院が破壊された。当時の
チベットは鎖国政治を取り、一生懸命祈ることだけやって、内面的幸せにいつの間にか酔ってしまい、
周囲の国々の変化に無関心だったが、それでやっと目覚めた。しかしその時はある意味、遅すぎた。
(中略)
 チベット人が多大の犠牲を払って中国について学んだことはたくさんある。それは、泥棒を中に
入れて鍵を掛けてもだめだということだ。チベットの場合にはそういう要素があった。
 しかも、「自分たちがいい人であれば、世の中みんないいように接してくれる」と自分たちが正義だ
と信じ込んでしまっていた。今日本にもそういう方々がたくさんいる。(以下略)
www.emaga.com/bn/?2005080081908580007813.3407
【政治】 櫻井よしこ氏 「中国が微笑んでもそれは嘘と裏切りの微笑みです」 (via yzat)

(via replore)

20 Jan 11

アジアには二つの大国があります。
一方は国としては貧しいものの、世界トップクラスの大富豪を何人も抱えています。
もう一方は、国としては前者よりずっと豊かなのに、
世界ランキングに入る富豪は一人もいません。
その代わり、その国の「貧困層」は世界でも最も豊かです。

この2国のうち、一方は資本主義国、もう一方は共産主義国です。
さて、共産主義国はどちらでしょう?
(配点10点)

電網辻々噺 - 大富豪 (via konishiroku)

(via tomsk777)

03 Sep 10
13 Aug 10
ナースステーションに「『患者さま』と呼びましょう」という貼り紙があったので、あれは何ですかと訊ねた。 看護学部長が苦笑いして、「厚労省からのお達しです」と教えてくれた。 そして、「患者さま」という呼称を採用してから、院内の様子がずいぶん変わりましたと言った。 何が変わったのですかと訊ねると、「医師や看護師に対して暴言を吐く患者が増えた、院内規則を破って飲酒喫煙無断外出する患者が増えた、入院費を払わないで退院する患者が増えた」と三点指折り数えて教えてくれた。
院内暴力とメディア (内田樹の研究室) (via do-nothing) (via petapeta) (via yaruo) (via rectya) (via katoyuu) (via head) (via voqn) (via termin)
13 Aug 10
termin:

oosawatechnica:

s-wool:

katsuma:

ishida:

gakkie:

onhook:

dyasui:

ipodstyle:

mnak:

kml:

kashino:

via gyazo.com
おみごと。「山田クーン、座布団2枚もってきてやりなさい」












NTT絡むと上手くいってた案件も死ぬ

termin:

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ishida:

gakkie:

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kashino:

via gyazo.com

おみごと。「山田クーン、座布団2枚もってきてやりなさい」

NTT絡むと上手くいってた案件も死ぬ


01 Aug 10

植物状態の人と、今日も会う。

仕事で。

ナースでぇーす☆命救ってまぁーす☆

って昨日の合コンで言って、「実演!」なんつって脈を測るふりして手を握ったりして、

すごい楽しかったその翌日に、真顔でここにいて、本気で脈を測っている。

その脈はとても規則正しく、きれいに打っているけど、

目の前の人は、目も開けない。いや、たまに半目。なんの意識もない。

何も喋んない。何も食べない。自分で息すらできてない。

人工呼吸器の一定の吸気排気のリズムと、心電図モニターの音と、たくさんの点滴がぐるぐると彼を囲んでいる。

その人は、私の彼氏でもなければ、親御でもない。ただの一期一会。私はこの人を知らない。

ある日、玄関で倒れた。脳出血だったみたい。

1人暮らしで、家族はいなかった。地方から1人出てきて、兄弟からも絶縁されていた。

色々な機関をあたって、やっと連絡先を見つけて連絡を取った家族

「いやぁ~あの~」を100回くらい要所に挟みながらも、

つまりは「死んだら、連絡ください」

ということを言った。

可哀そうとは、思わなくなってしまった。もう。

人生のその瞬間だけを見て、ドラマのように「ひどい、可哀そう」とは思わなくなってしまった。

本当に色々な人生が人にはあって。

長い長い色んな積み重ねの中で今、その言葉があるってことを、いっぱい見てきた。

仕方ない。

脈は正常。

呼吸は一定。

でも植物状態

家族は全てを病院に任せた。

生きてても、死んでても、なんでもいい人。

主治医の興味はどんどん薄れて、そっと、その人は、そこにいるだけの人になった。

愛されて愛されて、抱きしめられて、見舞いも何人もくる患者さんの横で、

静かに、ピッ・・・ピッ・・・と彼の心電図モニターの音が響いていた。

この人は、生きているのだろうか。

この人は、死んでいるんじゃないか?

もうほとんど死んでいるんじゃないか?

脳死とかドナーとか命のリレーとか、そういうの見聞きするたびに、

私は見失う。

命ってのは何で、臓器ってのは何で、この人は何で。

血圧が少し、安定しない夜があった。

私は医師に報告した。

血圧を上げる薬も、下げる薬も、たくさんあった。

でも医師は、「んー」を何度も繰り返し、私を静かに諭すように、

自然に看取ってあげよう」と言った。

死っていうのはさぁ~

医療の敗亡じゃないんだよぉ~

むしろね、むやみに色々やることのほうが~

かえって人間尊厳を奪い~

人間らしさを奪う行為にぃ~

「美しい」と思う。そういうのって。

美しいし、わかりやすいし、とても満ちているって思う。言葉で聞くと。文で読んでも。

人間らしくないよね。機械につながれて、点滴チューブに囲まれて、ただ延命されてる。

しかも誰一人、「この人を助けて」って人もいないわけで。

うん。

うん。

うん。

先輩にそう伝えると、「うん・・・」

後輩にそう伝えると、「はい・・・」

私たちは、そうして、彼のカルテを閉じた。

その日、たまたま飲みに行って、うまいうまい言って煮物を頬張りながら、

全然違う話をしてたのに後輩が、

「でも、なんか今日、いつもより顔色良かったですよね」

と、言った。

「あの人さー、髭はえる速度、超はやくないー?

 私、朝そったのに、夜もうボーボーだったんだけどー」

と先輩がクスクス笑った。

手を、彼の手を、握ったことがない看護師はいない。

毎日、毎勤務、私たちは欠かさず、彼の手を取り脈を測る。

彼の名前を耳元で呼び掛ける。

体を吹く。

腕を取り、足を抱えて、抱きしめるかのように、体位をかえる。

毎日毎日熱を測って、熱のある日には氷枕を、熱が下がればそれを枕に。

汗をかけば、タオルでふいて、髭をそる。爪を切る。

そんな中で、「あれ?今日、顔色いいな」って日がある。

「あれ、今日苦しそうだな」って日もある。

毎日、毎時間、違う。

脈も血圧もタンの量も、すこしずつ違う今日がある。

どんだけ機械に囲まれようとも、管に絡まれようとも、

この人を、人間らしくないなんて思えたこと一度もない。

わかっていても、目の当たりにすると脳死は人の死だなんて思えない。

生きているとしか思えない。

意識がないことなんてちっぽけなことなくらい、

今ここにある命が圧倒的すぎて、

命すげぇーって思って、

死んでく人もたくさんみるからこそ、

もう生きてると死んでるじゃ、全然違って、

「人として生きてるとは言えない」って言葉が薄っぺらに感じるくらい、

ただもう、ただもう、命があるってことがすごい。問答無用に。命がすごい。

学生の頃は「病院で死ぬということ」を読んで感銘を受けて、

人間らしく生きるとは~!なんて必死だったけど、

人間なんて、どう生きたって、人間らしくしかならないわけで。

法律とか、もう色々あるんでしょうけど、

その時代時代の雰囲気で変わるものの上に乗せてしまっていいのかと思うくらい、

今、現場で、毎日見つめる命というものは、すごい。すごすぎる。

脳死という問題があり。延命という問題がある。臓器という問題もそこをウロウロしている。

命のリレーと言われたり、死待ちの医療と言われたり、枯れ木に水と言われたり。

でも、今、その命の目の前に立ったとき、何も正解を言えない自分がいる。

植物状態の人と、今日も会う。

明日明後日も、やっぱり会いたいと思っている。

ベテラン看護師に問われても、わからない命のこと。 (via d-d-d, openarms) (via k32ru) (via llaj) (via sortiee)